七五三に写真を残してあげたい...

わたしは,QOL quality of life 人生の質 を重視した医療を提供したいと思っています.
QOLは,生まれてから死ぬまでの期間の人生・生活の満足の度合いと捉えていただいたら良いと思います.

でも,一朝一夕にこんな風に考えるようになったわけではありません.
わたしが研修医のころから,どんな症例で何を悩んできたか,少しずつお話ししますね.

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みーちゃんはリンパ腫でした.

わたしはみーちゃんとよんでいたわけではないのですが,ブログに書くのにこの呼び名にします.

 

研修医1年め.

うちの医局は,日直デビューは半年たってから,と決まっていました.

その日,わたしは一人で日直デビューでした.

1995年の七五三の日曜日.

みーちゃんは,わたしにこっそり言いました.

「先生,お願いがあるの.わたしを外出させてほしいの.」

どうしたの?

「今日は七五三なの.だから,子供に七五三の写真を残してあげたいの.わたしはこのあいだ抗癌剤をやったばかりだから,主治医に言うとダメって言われるとおもって.先生が来るのを待っていたの.」

・・・・・・・.

「お願い.わたしはもう,助からないのは判ってる.4回目の再発よ?ごまかさなくてもいいわよ.自分のことは自分が一番よくわかってます.子供に一枚,七五三の記念写真を残してあげたいんです.だから,お願い.お願いです.わたしに外出許可を下さい.今日じゃないとだめなの.神社にお参りに行って写真を撮るの.先生,お願い.わたし,子供に写真を残してあげたいんです.子供はまだ2歳です.わたしはもうすぐ死ぬ.子供はわたしを覚えていてくれないでしょう,だから,せめて写真を残したいんです.お願いします.」

みーちゃんは,わたしより2歳年上なだけでした.

わたしは当時,右も左も良くわからない研修医1年目.

いろんなことを考えました.

①だまってみーちゃんの外出許可証にサインしてはんこを押す

☛主治医である先輩から怒られそうだけど...みーちゃんは子供に写真を残してあげられる.

②先輩に電話して許可していいかと確認する

☛これも怒られそうだけど..この場合,わたしが怒られて,さらにダメと言われてそれを押しきれなかった場合,みーちゃんは外出できず,写真も残せない...

わたしは,えーい!!!

と清水の舞台から飛び降りるつもりで,外出許可証にサインして印鑑を押し,書類をナースステーションに持って行きました.

あとでいくら怒られてもいいから,みーちゃんに写真を取らしてあげたかったんです.

ナースステーションに書類を出したら,「先生.本当にいいんですか?」と言われたので

「はい.いいです.日直医のわたしの判断で許可します.」と返事をしました.

 

 

それから,もういちどみーちゃんの病室に行きました.外出許可をナースステーションに出してきたことを伝えました.

行ってらっしゃい.いい写真を撮ってきてね.(^_^ゞ

そういって,みーちゃんの病室を後にして,医局にもどりました.

医局に戻っていたら,しばらくして,ミーちゃんの主治医である先輩が電話をかけてきました.

外線.家から??

「仲田.お前は何を考えてるんだ???この患者がどういう状況かわかってるのか?

先週ケモったんだぞ?(抗癌剤治療をいったということです)
もうちょっとでnadir(白血球が一番少なくなる時期です)だ.
外出して感染したらどうするんだ??お前は患者を殺す気か???

わたしは反論した.研修医5か月目で,反論するなんて,どえらい度胸ですよね...
いや...でも...わたしは意外に,怖がりなのですが.
それでも,わたしが怒られることで,患者さんの思いが実現できるのであれば
そのほうがいい,と思える医師であったことは間違いないでしょう.

「七五三の写真は今日しか取れないんですよ?
本人がそれを一番望んでいるのに,どうしていかせてあげないんですか?
外出したら必ず感染症になるんですか?
どうして外出してはいけないのですか?
今日の彼女にとって写真を撮る以上に大切なことがあるのか,教えてください.
子供は2歳です.
患者は余命が相当短いことを自覚しています.
大きくなったとき覚えていてもらえないから,
せめて一緒に写真を撮りたい,それだけなんです.彼女の願いは.
だから,かなえてあげてください.お願いします.」

先輩は案の定,激怒しました.

今すぐ,外出許可を撤回しろ,というので,嫌だと言いました.

そもそもなんでわたしが外出許可を出したことを知ってるのかと聞くと,
ナースが連絡してくれたと言っていました.

そうか....5か月しか医師をしていない研修医の,しかも日直デビューの日に,
外出許可なんて出された日には,やっぱり,主治医にいちいち確認が行くのだ...

世間というものを思い知らされました...(そりゃそうですよね)

とにかく,わたしは,外出許可を取り消すつもりはない,このまま七五三に行かせる,
と勢いよく,くっきりはっきり宣言したのでした.

しばらくして.

先輩が来ました.

えらい勢いで怒られました.

この患者はこれから白血球が減るんだ.
外出なんてとんでもない.
それで患者が感染してなくなったら,お前はどう責任を取る気なんだ?
一体何を考えてるんだ??
お前は医者か?!

これに対して,わたしは反論しました.

どうしてですか?
外出したら感染してなくなると決まっているんですか?
そもそも,4回目の再発で,ケモ(抗がん剤)がきく可能性は低いですよね?
本人もそれは判っていて,せめて子供と一緒に写真を撮りたいと言っているんです.
お願いです.
七五三の写真は家族にとって大切なものです.
だから,行かせてあげてください.
彼女は,この外出でなにかあってもいい,と言ってるんです.
たとえこの外出のために肺炎になって死ぬのだとしても,それでもいいって
ハッキリ言ってるんです.
それよりは,自分を覚えていない大きくなった子供さんのために,
写真を残したいと言ってるんです.
お願いです.
行かせてあげてください.
写真を残してあげてください.
今日しか撮れないんです.
今日は,七五三で神社で家族で記念撮影できます.
業者がいて撮ってくれるんです.
そもそも,白血球が1000を超えているのに,どうして外出もさせないのか教えてください.

先輩は,バカ野郎,と叫んで病棟に行った.
俺の患者に手出しするな,と捨て台詞をいただきました....
もう,わたしには何もしてあげられません....
そもそも,1年目の研修医だったわたしが,先輩に逆らうなんてご法度でした...

午後になってもみーちゃんは病室にいました.

先生,ごめんね.わたしのせいで怒られたんでしょ?

いいのよ.そんなこと.でも,行けなかったの?
すぐに行けばよかったのに...

主人が来てくれるまでの間に,主治医が来たんです.
それに,看護婦さんからも止められたし...

みーちゃんは,さみしそうに力なく笑っていました.

みーちゃん.ごめんね.研修医で.

 

詰所に外出許可証を渡さなければよかったよ......

そんなことしなくて,こっそり行かせてあげればよかったよ.....

外出していなくなったころに,書類を出せばよかったよ.......

 

そもそも,この日の外出で感染リスクが高まるなんて,根拠ないし...

と今でも思います...

でも.

主治医がそういうと,覆せないんですよね....

 

わたしなりに,一生懸命みーちゃんに写真を撮らせてあげるべく,先輩に掛け合ったんですけどね...

力不足で本当にごめんね.

 

今でも,本当に後悔しています.

あのとき,こっそり外出させて,書類をあとで詰所に持って行くんだった...

そしたらミーちゃんとお子さんに,七五三の写真を残してあげられた.......

 

1か月後,みーちゃんは亡くなりました.

わたしは,言いました.

写真を残してあげたほうが良かったと思います,と.
先輩に.

 

先輩は言った.

だからお前は常識外れでダメな医者なんだよ.

 

・・・・・・・・・.

常識って何????

常識?????

そんなもので,
みーちゃんとお子さんの七五三記念写真を奪ったのか????????

患者の命がけの最後の願いよりも,自分の常識のほうが重いのか???????

みーちゃんは,最後の命がけのお願いを実現することは出来ませんでした.
それは,みーちゃんのQOLを明らかにさげています.

わたしには,もはや言い返す気力もありませんでしたた....

 

でも.この日のことは一生忘れられないです.

いまでも涙が出ます.

 

患者の思いより,自分たちの感性や常識が大事なのが医者ならば

医者になんてなりたくない....

なったばかりの医師という職業に嫌気がさしました.

いまでも,余命の限られたがん患者さんが,孫の結婚式に出たいとか要望すると
死にたいのか,という医師たちがたくさんいるようですね.
そんな話を聞いて,とても残念に思います.

やっぱり,QOL 人生の質 という事を,もっと治療概念に取り入れなければならないのではないか?
とわたしは思います.

プロフィール

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、日本内科学会内科専門医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医 (がん薬物療法専門医認定者名簿)、日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医(臨床遺伝専門医名簿:東京都)として従事し、患者様の心に寄り添った診療を心がけています。

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