【 例題1-③ 】事前指示書;認知症患者の胃ろう抜去を家族が要請

あけましておめでとうございます.

続きです.

前の記事はこちらでご確認ください.

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今日は,2番目の論点に行きたいと思います.

②本人の事前指示(有効な意思決定が出来なくなったとき,こんな場合はこうしてほしいと予め作成しておく書類)がない

事前指示書とは何でしょうか?

自分が,自身の意思表示をできなくなる状態となったときのために
事前にそのとき,どのような医療行為を受ける受けない,という意思表示をしておく手続きのことをいいます.

アメリカ合衆国ではadvanced direvtiveと呼ばれ,全ての州で法制化されています.

判りにくいのですが,living willとの違いは何でしょうか?
living willは,advanced directiveの一つで,個人が自分が生命の終末期において受ける医療の内容について,
意思表示できなくなるような状態に陥ったときの為に,自らが自分の意思を文面に記載しておくという手続きのことをさします.
advanced directiveのもう一つの方法として,Medical Power of Attorney,つまり,患者本人から委託された代理人に
終末期の医療に対する意思決定を委託することを証明する文書を作成する手続きがあります.

この二つの手続きは,二つともすべての州で認められているわけではなく,州により異なります.

これらが法制化されるきっかけとなったクルーザン事件を見てみましょう.

1983年1月11日.ミズーリ州.25歳の女性,ナンシー・クルーザンが交通事故にあいました.
少なくとも15分は心肺停止の状態にあったのではないかと考えられています.
ナンシーは生命は取り留めましたが植物状態に陥りました.
1か月後,胃瘻造設術.同意書には夫がサインしたそうです.
家族は,手術に際して内容を一切読むことなくインフォームド・コンセントにサインしたとのことです.
当時はまだナンシーが回復するという希望を失っていなかったということと,
「医師が勧めることは何でもしよう」と決めていたので,出された書類には盲目的にサインすることにしていた
ということがこの背景にあるようです.

その後数年間,胃瘻が,ナンシーを栄養する「生命線」となりました.
その後も,家族は,皆で話しかけたり,好きだった音楽を聞かせたり,「よかれ」と思うことはすべて続けました.
しかし,意識が蘇る兆候はありませんでした.
そして,ナンシーの状態は「遷延性植物状態」であり,回復の見込みは一切ないという,診断が告げられた.
事故から1年近く経った頃から,ナンシーの夫は見まいに来なくなり,そのころ,裁判所は
「ナンシーの法定代理人に指定してほしい」という両親の要請を受け入れました.
半年後,ナンシーの両親とその夫は合意のもとに離婚しました.

遷延性植物状態についての知識を深めていくと,
「ナンシーが元気だったら,いったい何を望んでいただろうか?」という問いを家族は持つようになりました,
「ナンシーが自分で決めることができたならば,絶対に,経管栄養で生かされ続けることは望んでいなかったはずだ」と家族は思ったそうです.
病院に中止を要請しても受け入れられません.
そして,ナンシーの経管栄養を中止すべく裁判が始まりました.

一審は,経管栄養チューブを外すことを認めました.
二審(州最高裁)は,「本人の意思を証明する明瞭確固たる証拠がない」と,経管栄養の中止は認めませんでした.
1990年6月,連邦最高裁は「ミズーリ州が,本人の意思を確認するために『明瞭確固たる証拠』を要件とする独自の法律をつくることは合憲」とし,ナンシーのケースでは明瞭確固たる証拠がないのだから経管栄養チューブを外すことは認められないと決定しました.
敗訴です.
しかしながら,
クルーザン事件における連邦最高裁は,延命治療に関して,2点の重要な画期的決定を下したのです.
①「患者が治療を拒否する権利は憲法で保障された権利」と明確に認定したことがあげられます.
たとえ,拒否することが死ぬことを意味したとしても,(延命)治療を拒否する患者の権利を犯すことは違憲としたのです,
②経管栄養も治療であることに変わりはないのだから,「呼吸器を中止することはよいが経管栄養を中止することは認めないとする州法は違憲」とジャッジしたことでした.(そりゃそうですよね!)

これを受け,1991年12月 The federal Patient Self-Determination Act 患者の自己決定に関する連邦法 が施行されました.
メディケア,メディエイドの償還を受けるすべての医療機関に対して,患者に対して医学的な治療を拒否する権利があることを明示し,さらに,advanced directiveを作成する権利があることを知らしめるよう,連邦法で要請したのです.

それでは,実際,advanced directiveでどこまで認められているのでしょうか?
人工栄養および輸液を拒否することがliving willで認められている州もあれば,A medical power of Attorneyで認められている州,
双方で認められている州,と様々です.

しかし.元気なうちにしておくadvanced directiveは,15%程度の国民が利用するだけ,となかなか浸透せず.
その後,advanced directiveを行使していない患者の「死ぬ権利」を巡り,多くの訴訟が提起されました.
そして,新たにSurrogate Decision-making 代理人による意思決定 という制度が出来てきました.
意思決定能力を失った患者が,advanced directiveを行使していなかった場合に,
本人の意思を良く理解していると推認される個人が,本人を代理して治療を選択することを認める制度です.
配偶者,成人した子.兄弟,親,ごく親しい友人などが考慮されます.

しかし,すべての州でこの制度があるわけではありません.
そして,本人の意思をそうした代理人がどれくらい正確に再現できるかを調査した研究結果は,なんと
配偶者ですら,本人の意思と一致したのはたったの30%だったのです.......

さて.
この話はすべてアメリカ合衆国のお話です.
この研究結果もアメリカのものです.

しかし.
我が国は,我が国で,こうした問題に立ち向かっていかねばなりません.

認知症が軽症で,まだしっかりと行為能力,意思能力があると認められる間に,患者さん本人としっかり話し合って
事前指示を作るお手伝いを,わたしはしたいと思います.
しかし,それには,認知症が軽症な間に,認知症であると言う病識をしっかり持っていただき,また,
認知症がどういう疾患で,どのように進行していくのかといった説明を,家族にしなければなりません.

親御さんが認知症になる,それを現実として目の当たりにするのはとてもつらいことです.

わたしにも経験があります.

先日,わたしの患者さんのお子さんが,こういいました.
「先生のこと,覚えてないんですよね..びっくりしました.ちょっとショックでした....」

落ち込むお子さんに私は言いました.

「大丈夫ですよ,良くあることです.
今週そうでも,次はそうでないかもしれません.波があるのです.
でも.親御さんが認知症になるのは辛いですよね.なんか,認めたくないですよね.
わたしの父も,広範囲の小脳梗塞のあと認知症になりました.
広範囲な小脳梗塞って,脳室の反対側に延髄があって,圧迫するので,おさまっても嚥下障害が残るんです.
医師として予想できたこととはいえ,それがやっぱり現実になっていくので辛かったです.
その上,父は麻痺がありませんから,家に連れて帰ると,冷蔵庫のものを口にして,詰まらせるなど容易に想像される.
だから,家に連れて帰れませんでした.
わたしが医師をやめて,家にいたら,マギールと喉頭鏡があれば,父は家に帰れる.
でも,そんなこと,健常な父なら望まない,そう思って,仕事を辞めずに頑張りました.
病院にいくと,父は,私の顔を見ると,認知症なので,今から帰れるって喜ぶんですよね...
とっても辛かったですよ.
外出で家に連れて帰ったんですけど,父が自分の家も私の家も,自分の家だと認識しなかったときには
本当に驚いて言葉になりませんでした.
父は,病院で亡くなりました.
わたしは,心構えが出来ていなかったので,何もするなと言っていた父に向かって
心臓マッサージ,人工呼吸器を装着,ってやってしまいました.
あの時ほど,自分が医師であったことを呪ったことはありません.(苦笑)
だって,医師でなかったら,そんなことは出来ないんです...
あとで冷静になってみると,何もするなと言っていたのであるから,何もすべきでなかった,
1人の娘として静かに見守るべきだったと思います.
まあ,こんなわたしですが,せめて,患者さんたちには,在宅で過ごしてほしい.
そう思って,頑張っているので,宜しくお願いします.」

わたしは,昔,「寝たきりだけど,意思能力に問題がない患者」が,嚥下困難となり経管栄養も輸液も拒否した事例で
本人の意思を家族に伝え,家族も本人から聞き取りをして
お互いによく話し合い,本人の意思を尊重したことがあります.

そのとき,患者さんの家族からこういわれました.

「大学病院に妻の母が入院した時,なくなる前にその治療をやめてくれと言ってもやめてもらえなかった.
先生はどうしてそんなに話を聞いてくれるんですか?先生は他の先生とどうしてそんなに違うのですか?」

わたしは驚きました.
わたしは,他の医師とそんなに違うと言う認識がなかったんです.
自分ですから.

でも.良く考えたら,わたしは,医師歴8年目に,こういう医療を取り巻くややこしい問題に取り組むべく
某法学部に学士入学してしまったり,今でも,医療倫理学,医事法学というあまり臨床医が関わるのを嫌がる分野を
積極的に学習し続けています.

やっぱり,患者さんの思いにこたえたいんです.

自分に知識がないから,判断できないから,不安だから,といって,患者さんや家族の思いを踏みにじるのは嫌なんですよね.

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プロフィール

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、日本内科学会内科専門医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医 (がん薬物療法専門医認定者名簿)、日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医(臨床遺伝専門医名簿:東京都)として従事し、患者様の心に寄り添った診療を心がけています。

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