COVID-19経口抗ウイルス薬モルヌピラビルとは?

COVID-19

モルヌピラビル

モルヌピラビルは、認可されればSARS-CoV-2コロナウイルス自体の複製を阻害する初の経口(飲み薬)のCOVID治療薬となる可能性があります。

製薬会社のメルク社は、メルク社が開発中の抗ウイルス剤がCOVID-19患者の入院や死亡を半減させることができると発表しました。モルヌピラビルがFDAに認可されれば、COVID-19に対する初の経口抗ウイルス治療薬となります。対照的に、現在認可されている他の薬剤は、静脈内投与または注射しなければなりませんので利便性の面から注目が集まっています。

モルヌピラビルの作用機序

モルヌピラビルは、レムデシビルと同様、ヌクレオシドアナログであり、RNAの構成要素とした類似した分子構造をしています。

しかし、この2つの化合物は全く異なる方法で作用します。

SARS-CoV-2が細胞に侵入すると、ウイルスは新しいウイルスを形成するために、RNAゲノムを複製する必要があるのですが、レムデシビルは伸長鎖をそれ以上伸ばせなくするチェーンターミネーターとして機能しています。レムデシビルは、RNAの「鎖」を作る酵素がさらに鎖を増やすのを阻止するのです。SARS-cov-2の増殖過程についてはこちらをご覧ください

これに対してモルヌピラビルは、増殖中のRNA鎖に取り込まれ、その中に入るとヌクレオシドのシチジンに似せたり、ウリジンに似せたりして、その分子立体構造を変化させることができます。それらの構造変化を来したRNA鎖は、次のウイルスゲノムの誤った設計図となります。アナログ化合物が挿入されて構造変化が起こった場所では、どこでも点突然変異が起こり、十分な数の突然変異が蓄積されると、ウイルスの集団は崩壊すると言われています。これが致死的変異誘発と呼ばれている効果ですが、致死的変異誘発Lethal mutagenesisは、変異原性を有するヌクレオシドまたは塩基類似体を用いてウイルスの変異率を高めることに依存する抗ウイルス療法ではあるのすが、現在のところ、変異原性を高めることでウイルスを絶滅させる分子メカニズムは完全には解明されていません。変異がランダムに蓄積されるため、ウイルスがモルヌピラビルに対する耐性を獲得することは難しく、これもこの化合物の長所となっている、と考えられていますが、実際に本当に耐性が獲得されにくいのかどうかは実地臨床で使われて初めて明らかとなるでしょう。

しかし、この化合物はヒトの細胞内で変異をおこして細胞の性質を変えてしまう可能性がありそうだとも容易に想像され、DNAに取り込まれる可能性も考えられることから、安全性に懸念があると懸念する研究者もいます。

経口抗COVID薬の考えられる利点

この薬があれば、感染の初期段階での治療がより簡単に、より効果的になります。また、低・中所得国のようにワクチン接種率がまだ低い地域では、重症化して入院する人を減らすことで医療に対する負荷を軽減することができるでしょう。モルヌピラビルは、COVID-19陽性で重症化の恐れがある人を対象とした第3相試験で非常に有効であったため、早期に登録を中止されました。結果が明らかな場合は、治験や臨床試験が途中で打ち切られること自体はよくあることです。

経口抗COVID薬は想定通りにウイルスとの戦いに勝利をもたらすのか?

臨床試験が早期終了するくらいの成功をおさめたことが、人類が新型コロナウイルスとの戦いに勝利することを意味しているのかについては、少し冷静に考える必要があるでしょう。低所得国が経口抗ウイルス薬を購入できるようになったとしても、モルヌピラビルを使った治療が効果を発揮する可能性があるのはCOVIDの早期段階ですので、「COVIDの早期である」と診断する能力がなければ患者を有効に治療することができないかもしれません。

インドでのモルヌピラビルのジェネリック薬の治験は有効性に有意差なしという理由で中止

2021年10月8日、インドの製薬会社2社は、COVID-19による中等症の患者を対象に、モルヌピラビルのジェネリック薬を独自に治験していましたが、モルヌピラビル・ジェネリック薬に「有意な有効性」が認められなかったため、試験の中止を決め、軽症の患者を対象とした試験は継続する予定であると報道されました。

メルク社は2021年初頭、入院中のCOVID-19患者の多くが、抗ウイルス剤の効果を得るには遅すぎる病期に達していることから、入院患者に対する治療薬としてのモルヌピラビルの開発を中止していました。

これに対してインドの企業であるAurobindo Pharma Ltd (ARBN.NS)とMSN Laboratoriesは、COVID-19の適度な試験をデザインする際に入院患者を除外しませんでした。

メルク社とインド企業では「中等症」の定義が異なっている、インドにおけるCOVID-19の中程度の症例は、米国よりも重度で入院を伴う患者が対象であると定義されているというのがメルク社の見解のようです。

メルク社の調査結果はプレスリリースで公開されたもので、まだ科学者が精査し、薬事審査当局であるFDAに提出して承認を得るのはまだですが、入院していない軽度から中等度のCOVID-19の患者を対象に治験がなされました。

これらのことを考えると、「早期のCOVID-19でモルヌピラビルの効果が十分見込まれる時期」をいかに正しく診断して投薬するのか、ということが課題となると考えられます。

モルヌピラビルが承認される前のCOVIDの早期発見・早期治療

COVID-19に対する他の治療法として、レムデシビル、モノクローナル抗体カクテルがありますが、これらの治療法は静脈内投与または注射で行わなければなりません。実際には入院するほどの重症になる前にこれらの治療薬を入手することは容易ではありません。また、レムデシビルは、COVID-19で入院している人にしか承認されていません。

レムデシビルは、2021年10月現在、米国食品医薬品局から承認を受けた唯一の医薬品となっています。COVID入院患者に使用した場合、回復までの期間が中央値で5日短縮されたことが確認されています。

米国FDAが緊急使用許可2021.12.23

米国食品医薬品局(FDA)は、メルク社のモルヌピラビル(molnupiravir)について、「SARS-CoV-2ウイルス直接検査の結果が陽性で、入院や死亡を含む重症のCOVID-19に進行するリスクが高く、FDAが承認したCOVID-19の代替治療法が利用できず、臨床的にも適切でない成人の軽度から中等度のコロナウイルス疾患(COVID-19)の治療」を目的とした緊急使用許可(EUA)を発行しました。モルヌピラビルは処方箋のみで入手可能であり、COVID-19の診断後、できるだけ早く、症状の発現から5日以内に投与を開始する必要があります。

Emergency Use Authorization(EUA)緊急使用許可は、FDAの承認とは異なる手続きです。EUAを発行するかどうかを決定する際、FDAは入手可能な科学的証拠を総合的に評価し、既知または潜在的なリスクと既知または潜在的なベネフィットのバランスを慎重に検討します。FDAは、入手可能な科学的証拠を総合的に検討した結果、モルヌピラビルは、FDAが承認している他のCOVID-19治療法を受けられない場合や臨床的に適切でない場合に、特定の成人の軽度から中等度のCOVID-19の治療に使用することが有効であると信じるに足る合理的な理由があると判断しました。また、モルヌピラビルの既知および潜在的なベネフィットは、承認の条件に従って使用された場合、既知および潜在的なリスクを上回ると判断しました。COVID-19の治療において、molnupiravirに代わる適切で承認された利用可能な薬剤は2022年1月5日現在ありません。

モルヌピラビルのEUAを裏付ける主要なデータは、重度のCOVID-19への進行および/または入院のリスクが高い軽度および中等度のCOVID-19を有する非入院患者の治療を目的としてモルヌピラビルを研究した無作為化二重盲検プラセボ対照臨床試験であるMOVE-OUTから得られたものです。患者は、事前に規定された慢性疾患を持つか、その他の理由で SARS-CoV-2 感染のリスクが高まっている 18 歳以上の成人で、COVID-19 ワクチンを接種していない人でした。この試験で測定された主なアウトカムは、29日間の追跡調査期間中に何らかの原因で入院または死亡した人の割合でした。モルヌピラビルを投与された709名のうち、この期間中に入院または死亡したのは6.8%で、プラセボを投与された699名の9.7%と比較しています。モルヌピラビルを投与された人のうち、1名が追跡期間中に死亡したのに対し、プラセボを投与された9名が死亡しました。本試験で認められた副作用は、下痢、吐き気、めまいなどでした。COVID-19の治療におけるモルヌピラビルの安全性と有効性は引き続き評価されています。

モルヌピラビルを妊娠中の方に投与した場合、動物実験で得られた知見に基づき、胎児に悪影響を及ぼす可能性があります。したがって、モルヌピラビルは妊娠中の使用は推奨されません。モルヌピラビルは、処方する医療従事者が、モルヌピラビルによる治療の有益性が個々の患者のリスクを上回ると判断し、また、処方する医療従事者が、妊娠中にモルヌピラビルを使用することの既知および潜在的な有益性と潜在的なリスクを妊娠している人に伝えた後にのみ、妊娠している人に処方することが許可されます。妊娠の可能性のある女性は、モルヌピラビルの治療中および最終投与後4日間は、信頼できる避妊方法を正しく一貫して使用することが推奨されます。妊娠可能な女性と性的に活動する生殖能力のある男性は、モルヌピラビルの治療中および最終投与後少なくとも3ヶ月間は、信頼できる避妊方法を正しく一貫して使用することが推奨されます。モルヌピラビル治療中に使用するのに適した信頼性の高い避妊法や、モルヌピラビルが精子細胞に与える影響についての質問や懸念は、医師に相談してください。

モルヌピラビルは、骨や軟骨の成長に影響を与える可能性があるため、18歳未満の患者への使用は認められていません。また、COVID-19による入院後に治療を開始した場合には治療効果が認められなかったため、COVID-19の曝露前または曝露後の予防、あるいはCOVID-19により入院した患者の治療開始には使用できません。

モルヌピラビルの承認により、COVID-19ウイルスに対する経口投与による新たな治療オプションが初めて提供されることになります。モルヌピラビルは、COVID-19に対するFDA承認の他の治療法を受けることが難しい、あるいは臨床的に適切でない状況に限定されており、入院や死亡のリスクが高い一部のCOVID-19患者にとって有用な治療オプションとなると考えられています。

モルヌピラビルは、COVID-19のワクチン接種とブースター投与が推奨されている人において、ワクチン接種に代わるものでは決してありません。

モルヌピラビルは、SARS-CoV-2ウイルスの遺伝子コードにエラーを導入することで、ウイルスがさらに複製されるのを防ぐ薬です。モルヌピラビルの用法容量はは、200ミリグラムのカプセルを4個、12時間ごとに5日間経口投与で、合計40個のカプセルを投与することになります。モルヌピラビルは、連続した5日間を超える使用は認められていません。

フランスのモルヌピラビルに対する対応

フランス政府は当初、モルヌピラビル5万回分を購入する意思を示していましたが、期待外れの臨床試験データを受けてキャンセルし、代わりにファイザー社(PFE.N)の競合薬を1月末までに受け取ることを希望していると、保健相が2021年12月22日に発表しました。
メルク社が11月下旬に発表したデータによると、「入院と死亡など重症化を30%減少させた」のですが、これは先に公開した結果である「重症かリスクを50%下げる」に比べると20ポイントも下回るものでした。想定されていたよりも効果が著しく低く、ハイリスクの人を対象とした臨床試験では入院と死亡が約30%しか減少しなかったとのことで、フランスはメルク社の治療薬の注文をキャンセルした最初の国となりました。

ファイザー社のパクスロビドは、高リスク患者のCOVID-19による入院や死亡を防ぐのに90%近い有効性を示しているため、フランスはその代わりにパクスロビドを購入したと述べています。

まとめ

抗インフルエンザ薬も耐性化しにくいとうたわれて、発売と同時に耐性株が出現、とか今までよくあったことなので、過度な期待はせず、やはり「濫用防止」が重要な課題となって行くでしょう。

特に日本はもともと風邪にも抗菌薬を使用し、耐性菌王国の異名を誇り(名付けたの私ですが)ます。医師が抗菌薬を処方すれば利益になるのと、なんか薬出してくれる医師がいい医師だという国民の妄想、啓発してもなかなかうまくいかない、などいろんな問題があると思います。

お伝えしたように、モルヌピラビルが実際に経口薬として使用可能となったとしても、薬の有効な時期に使わないと有効性が得られません。あとは実際に臨床使用されていく過程で治験では認められなかった重篤な有害事象が発生することもありますので、やはり感染防御につとめていただくのが一番よろしいかと感じております。

プロフィール

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、日本内科学会内科専門医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医 (がん薬物療法専門医認定者名簿)、日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医(臨床遺伝専門医名簿:東京都)として従事し、患者様の心に寄り添った診療を心がけています。

この記事へのコメントはありません。