新型コロナウイルス感染症COVID-19患者の神経学的合併症は、入院中の患者さんでによく見られますものです。
入院患者の80%以上が、新型コロナウイルス感染症COVIDでウイルス感染してからの病気の流れのどこかの時点で神経症状を呈する可能性があります。
新型コロナウイルス感染症COVID症状で多いのは筋痛、頭痛、脳症、めまいが最も一般的で、中国、欧州、米国では患者の約3分の1が発症していると報告されています。
味覚障害や異嗅症などの神経学的症状はあまり一般的とは言えませんが、重度の認知機能障害や心肺機能障害を持つ患者では、症状の正確な把握が困難な場合があります。脳卒中、運動障害、運動・感覚障害、運動失調、痙攣などはまれですが、重症患者では、重症度の低い患者に比べて神経学的合併症の割合が高くなります。ワクチン接種や社会的距離を置く戦略により、COVID-19の急性症状の発現頻度や重症度が低下してきていますが、一部の患者は、認知機能障害、頭痛、しびれなどの神経学的症状が持続することが報告されています。
新型コロナウイルス感染症で見られる神経系合併症
1.嗅覚と味覚の障害
嗅覚障害と味覚障害は、新型コロナウイルス感染症COVID-19の一般的な初期症状、嗅覚障害は約半数で報告されていますが、味覚・嗅覚障害のほかにCOVID-19の症状が出ないという事はほとんどありません。
長期的に味覚・嗅覚障害がどうなるのかという予後に関するデータはあまりないのですが、外来患者だと8割程度が40日以内に完全に回復するようです。嗅覚がなくなってしまった患者では、もっと長期かかるようですが、4ヶ月後、8ヶ月後の完全回復は8.5割、9.5割となっています。
2.脳症
新型コロナウイルス感染症COVID-19の重症患者では、脳症をよく合併します。脳症は重症患者によく見られる症状で、COVID-19は約30~55%の患者に見られます。一般的な原因としては、中毒性代謝性脳症、薬の影響、脳血管障害、非痙攣性発作などがあります。
新型コロナウイルス感染症COVID-19入院患者では、約3割が脳症を発症し、脳症した患者は高齢で、症状発現から入院までの期間が短く、男性に多く、神経疾患の既往歴、がん、脳血管障害、慢性腎臓病、糖尿病、脂質異常症、心不全、高血圧、喫煙などの危険因子を有する率が高くなります。
入院中に脳症を発症した患者のうち4割近くは、発熱や呼吸困難などの典型的なCOVID症状がありませんでした。脳症の危険因子には、高齢、視力障害、パーキンソン病や脳卒中の既往歴、精神作用薬の使用歴などがあがっています。
3. 虚血性脳血管障害(脳卒中)
脳卒中の入院患者の約1~3%がCOVID-19と関連しており、より重度のCOVID-19患者ではその割合が高くなります。脳卒中は、虚血性脳卒中、頭蓋内出血、脳静脈洞血栓症など、いくつかのサブタイプがあります。伝統的な脳卒中のメカニズムに加えて、COVID-19に関連する虚血性脳卒中の潜在的なメカニズムには、凝固性亢進、炎症、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の機能障害、および心機能障害が考えられています。
COVID-19に関連する脳卒中のメカニズムはいくつか想定されていますが、凝固性亢進や炎症マーカーの上昇が示唆するように、ウイルスや宿主の免疫反応に関連する血栓症は重要なメカニズムの一つであると考えられています。
COVID-19が血液凝固亢進状態と関連していて、発症後数週間の間に多くの患者、特に重度の患者で観察されるDダイマー値(血栓のターンオーバーのマーカー)が極端に上昇しています。
COVIDでない脳卒中患者と比較すると、機械的に血栓除去した術後の早期再閉塞の割合が多い可能性も示唆されていて、新型コロナウイルス感染症COVID-19では凝固が亢進した状態にあることを示唆しています。
COVID-19が出現する以前でも、重篤な感染症が急性脳梗塞の引き金になることが示唆されていたのですが、これは潜在的に炎症の亢進とその結果としての血栓症によるもので、過去30日以内に感染症で入院した場合、オッズ比7.3で虚血性脳卒中のリスクが上昇する報告があります。
インフルエンザ、敗血症、軽度の呼吸器感染症や尿路感染症も脳卒中リスクの増加と関連しており、心臓弁膜症、うっ血性心不全、腎不全、リンパ腫、末梢血管疾患、肺循環障害、凝固障害などの高リスク疾患が共存していると、敗血症後の脳卒中のリスクがさらに高まる可能性があります。
しかし、COVID-19は、インフルエンザと比較しても、虚血性脳卒中のリスクが高いと考えられています。虚血性脳卒中の発生率はCOVID-19の患者で1.6%、これに対してインフルエンザでは0.2%、調整オッズ比7.6となっています。
4. 神経・筋疾患
ギラン・バレー症候群
ギラン・バレー症候群(GBS)の稀な症例がCOVID-19の後に報告されていますが、COVID-19とGBSのリスクとの因果関係はコホート研究では証明されていません。
因果関係は確立されていませんが、GBSの症例は欧米でAd26.COV2.S(Janssen/Johnson&Johnson)COVID-19ワクチンで観察されています。米国では、1,250万回の接種のうち、接種後6週間以内に発生した症例が100例報告されていますが、他のCOVID-19ワクチンでは報告されていません。
新型コロナウイルス感染症におけるギラン・バレー症候群の臨床的特徴
ほとんどの患者は、1~4日で進行する上行性の四肢の脱力感を呈し、ウイルス疾患の発症から筋力低下の発生までの間隔は5~10日と、GBSに関連する他のウイルス感染症で観察されたものと同様でした。しかし、他のウイルス感染症に伴うGBSの典型的な症状よりも急速に進行し、重症化する傾向もあるようです。GBSによる呼吸不全とCOVID-19の肺疾患による呼吸不全を区別することは困難です。
進行性の四肢の脱力感や、胸部画像所見と呼吸不全が一致しない場合には、ギランバレー症候群を考慮する必要があります。
5. 急性神経筋症候群
筋炎
COVID-19では筋痛と疲労が一般的な症状であることから、COVID-19 はウイルス性筋炎と関連しているのではないかと推測されていますが、エビデンスはありません。稀ですがCKが12,000IU/Lを超える横紋筋融解症の報告もあります。感染症で増加するⅠ型インターフェロンが筋組織に対する毒性を持つのではと推測されています。
神経障害
COVID-19 患者では以下のような末梢神経および神経叢症候群が報告されています。
- 顔面神経麻痺
- 眼球運動ニューロパチー
- 下部脳神経障害(迷走神経、副神経、舌下神経;Tapia症候群)
- 複数の脳神経障害
- 神経性筋萎縮症
重症神経障害およびミオパシー
この合併症は、その他の原因でおこるギランバレー症候群GBSよりも新型コロナウイルス感染症COVID-19に多く発症する傾向があります。
COVID-19に関連した成人呼吸促拍症候群ARDSで腹臥位にされた患者は、末梢神経、特に腕神経叢の損傷が多くなっています。重度のCOVID-19感染後にリハビリテーション施設に入院した患者では、約15%が末梢神経損傷と診断され、11/14人は呼吸仮の間、腹臥位にされていた。神経損傷は軸索性のものが最も多く、上肢に見られました。
脳炎
脳幹脳炎
COVID-19 感染の成人および小児において、脳幹脳炎または孤立性小脳炎を含む合併症が報告されています。原因は炎症性と考えられています。
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)、急性出血性壊死性脳症
ADEM と一致する臨床および神経画像所見を有する患者が数例報告されています。また、出血性脳脊髄炎の患者も増加していることが報告されている。
小児の多臓器炎症症候群
小児の新型コロナウイルス感染症では、不完全な川崎病に似た多臓器炎症症候群を発症し、神経認知症状(頭痛、嗜眠、錯乱)を伴うことがあります。
痙攣およびてんかん重積状態
痙攣およびてんかん重積状態が重度のCOVID-19感染症患者で報告されています。ほとんどの患者は呼吸器症状が先行しており、以前に発作を起こしたことはありませんでした。脳せき髄液CSFでSARS-CoV-2のRT-PCRが陽性となった患者は1名のみであった。
可逆性後白質脳症症候群(posterior reversible encephalopathy syndrome; PRES)
COVID-19の患者ではPRESが報告されており、一部では高血圧や腎不全が原因であると考えられています。PRESと一致する所見が1%以上に見られたという報告もあります。
新型コロナウイルス感染症COVIDの神経学的合併症のメカニズム
新型コロナウイルス感染症COVIDにおいて神経学的合併症を呈するメカニズムは多様であり、場合によっては多因子が絡み合って起こることもあります。神経学的合併症は、ウイルスの直接的な影響だけでなく、感染に対する全身の反応からも生じる可能性があります。
新型コロナウイルス感染症COVIDにおいて神経学的合併症を呈するメカニズム1.全身の機能障害により神経障害が起こる
重症のCOVID-19患者に多く見られる低酸素血症は、臓器不全や薬剤の影響による代謝異常と同様に、多くの脳症患者に関与していると考えられます。中等度および重度のCOVID-19患者の血漿中に記録されたアストロサイト(神経の周囲にあって栄養したり保護する役割をしています)および神経細胞(ニューロン)損傷を神経化学的に調べた研究からは、特定の病因を示唆するものはありませんでした。
COVID-19で死亡した患者では、ほぼすべての患者で急性低酸素性虚血障害が認められ、多くの死亡患者の脳で出血性梗塞や梗塞、ミクログリア結節を伴うミクログリア(脳の免疫担当細胞)の活性化、神経栄養失調の存在が報告されました。また、MRIなどの神経画像所見は遅発性低酸素性白質脳症と一致しているように見え、新型コロナウイルス感染症COVIDではない別の原因の急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の患者で報告された脳の病変と似ています。
新型コロナウイルス感染症COVIDにおいて神経学的合併症を呈するメカニズム2.レニン-アンジオテンシン系の機能障害
レニン-アンジオテンシン系(RAS)の不適応な活動が、新型コロナウイルス感染症COVID-19感染において神経系合併症を惹起している可能性があります。新型コロナウイルスSARS-CoV-2は、細胞膜結合型タンパク質であるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体を細胞への侵入経路として利用しています。ACE2は、アンジオテンシンIIを血管拡張作用、抗増殖作用、抗線維化作用を持つアンジオテンシンに変換する酵素です。新型コロナウイルスは、ACE2受容体に結合することで、ミトコンドリア機能や内皮の一酸化窒素合成酵素活性を阻害して血管内皮細胞にダメージを与え、その結果、二次的に心血管系や脳血管系に影響を及ぼす可能性があります。
新型コロナウイルス感染症COVIDにおいて神経学的合併症を呈するメカニズム3.免疫機能障害
新型コロナウイルスSARS-CoV-2に対する全身の免疫反応が失調を来して、新型コロナウイルス感染症COVIDにおいて神経学的症状を合併することに関与していることが考えられます。
新型コロナ感染症COVID-19の重症患者は、炎症性サイトカインが放出されすぎて自分自身を攻撃してしまう重度の全身性炎症の兆候を示すことが多く、発熱の持続、炎症マーカーの上昇(Dダイマー、フェリチンなど)、炎症性サイトカインの上昇などの症状が現れます。
循環している炎症性サイトカインのレベルが高いと、せん妄や意識の変化を引き起こす可能性があります。新型コロナウイルス感染症COVID-19関連の急性呼吸促拍症候群ARDSに対する人工呼吸後に意識が戻るのが遅れた患者の脳血管MRI画像検査からは、頭蓋底動脈の血管壁に異常な造影が認められ、内皮炎の可能性があると解釈されています。しかし、炎症を抑えるためのコルチコステロイドを投与する治療後に、これらの画像異常が解消されたという証拠は示されておらず、炎症自体を病理学的に確認できていません。こうした場所は生検もできないため、画像所見から推測するしかありません。
血管内皮細胞の炎症状態はまた、脳卒中やその他の血栓イベントのリスクを高める血栓症と関連している可能性があります。また、補体の活性化は、重度のCOVID-19患者の血栓性微小血管傷害につながる可能性があります。
サイトカインの放出もまた、ミクログリアの活性化と全身性の炎症反応によって脳の損傷につながる可能性がある。脳に対して新型コロナウイルスの直接に侵入していくても、脳組織にミクログリアの小結節や、壊死した神経細胞を除去ために細胞周囲および細胞内に小膠細胞が集合する神経食現象(しんけいしょくげんしょうneuronophagia)が認められています。低酸素に陥ったニューロン(神経細胞)を貪食するためのミクログリアの活性化は、新型コロナウイルス感染症に限らず、他のウイルス感染症でも見られる現象です。
新型コロナウイルス感染症COVIDにおいて神経学的合併症を呈するメカニズム4.ギランバレー症候群
ほとんどの患者でギランバレー症候群は感染後ではなく感染症の合併症として発生しています。新型コロナウイルス感染症COVIDの発症から脱力感までの期間が長く、感染後の合併症として発生したことと一致しています。
新型コロナウイルス感染症COVIDにおいて神経学的合併症を呈するメカニズム5.ウイルスの神経系への直接侵入
新型コロナイルスが神経系に直接侵入したことを示す報告もあります。死後のほとんどの脳標本からSARS-CoV-2が検出されたが、これらの所見は神経学的理学所見(打診や聴診といった診察方法で得られる所見)の重症度とは相関がありませんでした。神経損傷は神経系への感染そのものではなく、新型コロナウイルスSARS-CoV-2感染により起こった全身性の炎症反応の一環であると考えられます。
SARS-CoV-2が脳血管に直接感染するかどうかは今なおわかっていません。死亡した患者の解剖結果からは新型コロナウイルスが血管内皮細胞に直接侵入(感染)し、肺、心臓、腎臓、肝臓、小腸で内皮炎を起こした可能性がありますが、電子顕微鏡で腎臓の血管内皮に存在するウイルス粒子とされている構造物が、実際には正常な構造物やアーチファクトである可能性もあるため、結論は出ていません。血管内皮の関与、微小血栓症、または小血管の血管炎と一致する多発性の虚血性・出血性病変が考えられますが、病理学的には新型コロナウイルスによる脳血管炎はいまだ確認されていません。
新型コロナウイルス感染症後の遷延性神経症状
重度の病気から回復した患者や入院後の患者は、長引く神経学的症状を訴えることがあります。入院する必要のなかった患者でも同様に、COVID-19に起因する症状が、急性感染後、数週間から数ヶ月間持続することがあります。重度のCOVID-19感染症から回復して入院した患者では、疲労、呼吸困難、筋痛を最も多く認めました。
軽度の急性COVID-19症状で、肺炎や低酸素血症がなくて入院を必要としなかった軽症患者であっても、持続する神経学的・全身的症状を報告することがあります。COVID-19軽症例において症状発現から4か月後に50%以上が少なくとも1つの持続的な症状があると報告されています。疲労と嗅覚異常が最も多く、有症状の約4人に一人で認められます。軽症COVID-19で少なくとも6週間持続する神経学的症状として、「brain fog(頭に霧がかかった感じがする)」(81%)、頭痛(68%)、しびれ・疼痛(60%)、味覚障害(59%)、異嗅症(55%)、筋肉痛(55%)が最も頻繁と報告されています。患者は、対照群と比較して、特に認知・疲労領域のQOL、注意力、ワーキングメモリ(情報を一時的に保ちながら操作するための構造や過程、作業記憶)に障害を示しました。また、発症からの経過時間と主観的な回復感との間に相関関係は認められませんでした。
急性COVID-19感染後の持続的な症状は、「long COVID」、「post-COVID syndrome」、「SARS-CoV-2感染後の急性後遺症」、「post-COVID conditions」など様々な用語で表現されている。この包括的な用語は、SARS-CoV-2感染後4週間以上経過しても残る様々な遷延症状をカバーしており、患者の5~80%に及ぶことが報告されている。
まとめ
新型コロナウイルス感染症は神経学的症状を合併することが多いということをお分かりいただけたと思います。また、上記のとおり、軽症の患者さんでも急性期症状は乗り越えた時期なのに倦怠感その他の遷延する症状が持続することが知られて「コロナ後遺症」などと呼ばれています。疾患経過がどうなりそうなのか、どういうことが考えられるかという正しい知識を持ってコロナ後遺症に取り組むべきと考え、当院では新型コロナ後遺症外来を設置しました。お悩みの方は是非、03-3478-3768にお電話の上、ご相談のためのご予約をお取りください。
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