【医療を斬る】ALS患者殺害事件についての所感

仲田洋美オフィシャルブログ for medical 仲田洋美の独り言

みなさま、こんにちわ。

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ALS患者女性を嘱託殺人疑い医師2人逮捕 マンション訪問後に容体急変、体内から薬物検出
7/23(木) 12:57配信

京都新聞

京都駅に着いた山本容疑者(23日午後2時22分、京都市下京区)

全身の筋肉が動かなくなっていく神経難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症した京都市の女性から頼まれ、薬物を投与して殺害したとして、京都府警捜査1課などは23日、嘱託殺人の疑いで、呼吸器内科医の大久保愉一容疑者(42)=仙台市=と、医師の山本直樹容疑者(43)=東京都=を逮捕した。捜査関係者への取材で分かった。

患者を「安楽死」させたとして医師が逮捕、または書類送検されるのは、2008年に富山県射水市の射水市民病院の元外科部長が殺人容疑で書類送検(嫌疑不十分で不起訴)されて以来、12年ぶり。

捜査関係者によると、大久保、山本両容疑者は被害女性の担当医ではなく、会員制交流サイト(SNS)を介して知り合い、直接の面識はなかったとみられる。
捜査関係者の説明では、大久保、山本両容疑者は京都市内のALS患者の女性=当時(51)=から依頼を受け、昨年11月30日夕に同市内の自宅マンションを訪れ、室内で薬物を女性の体内に投与し、死亡させた疑いが持たれている。
両容疑者とみられる不審な男2人がマンションを訪れた後、女性の容体が急変し、病院に搬送されて死亡が確認された。女性の体内からは普段服用していない薬物が検出された。京都府警が捜査を始め、防犯カメラの映像などから2人を特定したという。
関係者によると、女性は11年ごろにALSを発症。死亡する直前は発語や手足を動かすことができない状態だった。障害福祉サービス「重度訪問介護」を利用して1日24時間、ヘルパーから生活全般のケアを受けながら1人で暮らしていた。

これを見て、安楽死を法制化すべきという意見が出ております。
今日は、このニュースに関して言及してみたいと思います。

安楽死とは?

安楽死、というのは、

死期が迫っていて
現代の医学をもってしてもなお不治の傷病で
その激烈な肉体的苦痛を緩和・除去するために
患者本人の嘱託または承諾を得て

自然の死期をはやめて人為的にその生命を絶つこと

と定義されます。

安楽死には2種類あり、消極的、積極的に分けて考えます。
消極的安楽死は一般には尊厳死と言われているものですが、安楽死を 尊厳 という言葉でカモフラージュするこの用語は本質を分かりにくくするため、わたしは好きではありません。

安楽死を否定する人たちの考え方

安楽死は許されるべきではない という考えの根底には いかなる場合も人間の生命は尊重されるべき という観点があります。
たえがたい苦痛にさいなまれている傷病者に対する慈悲の心からであっても、生命の短縮は殺人行為と見做すものです。
そして、その行為が人道に基づくものであれば、行為者に対する量刑で配慮すべきであって、殺人であるということは変えない、ということになります。

安楽死を行うことは医療の敗北であり、不治の病や回復不能と判定することすら簡単ではなく、安楽死させた翌日に特効薬が開発されるかもしれない、という立場をとります。

安楽死を肯定する人たちの考え方

違法性が阻却されるという考え方

被害者の承諾が違法性を阻却する(違法性がなくなる)ためには、
1.本人が処分できる法益である
2.承諾による法益侵害の大きさ、程度、方法が公序良俗に反しないこと
3.承諾するに値する理解力がある者が自由意思で承諾をなすこと
が必要ではある、という考え方です。

しかし、この考え方では結局のところ、生命は本人が処分していい法益ではない、ということとなり、被害者の承諾をベースに安楽死を論じることは出来ない、ということになります。

そこで、違法性を阻却しようとすると本人の同意以外のところで考える必要があります。

1.現代医学では不治の疾病で
2.苦痛が見るに忍びない死に勝るもので
3.患者本人の真摯な嘱託・同意を受けている

のであるから

4.苦痛緩和のための生命短縮行為は人道にかなっていて
5.医療行為そのものとして社会的相当性が認められるべきであり

7.正当行為として殺人罪(刑法199条)ないし同意殺人罪(刑法202条)の違法性が阻却される

という考え方になります。

安楽死に関する日本の重要な判決

精神的苦痛は安楽死の対象とならないと判示した事例(東京地裁昭和27年)

母親が脳血管障害で倒れ12年寝たきりで、祖国に帰る望もたたれた状態で、母親から死なせてくれと言われた息子が青酸カリ入りの水を飲ませて殺害。

重症あるいは死が迫っていたわけではないこと
こうした事実を的確に判断して相当な処置をなす能力を有するのは医師のみであること
から安楽死の実行をなしえるのは医師であることを要する、と解すべきである。

として殺人罪が成立。

違法性阻却事由として安楽死の要件が示された事例(名古屋高裁昭和37年)

父親が脳出血で倒れ、5年後に四肢拘縮の進行、食欲減退などを認め、早く死にたい、殺してくれと大声で叫ぶようになった。診察に当たっていた医師からも7-10日の命でなすすべがないと言われ、最期の孝行として殺害を決意。牛乳に有機リン系の殺虫剤を混入して飲ませ、死に至らしめた。

地裁判決:父親の死にたいという言葉は真意に基づくものではないとして尊属殺人罪を認めた。

高裁判決:原審を破棄。嘱託殺人罪を適用。
安楽死を認めるか否かについては
1.病者が現代医学の知識と技術からみて不治の病に冒され、しかもその死が目前に迫っていること
2.病者の苦痛がはなはだしく、何人も真にこれを見るに忍びない程度のものであること
3.もっぱら病者の市区の緩和の目的でなされること
4.病者の意識がなお明瞭であって意思を表明できる場合には、本人の真摯な嘱託または承諾があること
5.医師の手によることを本則とし、これにより得ない場合には、医師により得ないと首是するに足る特別な事情があること
6.その方法が倫理的にも妥当なものとして容認し得るものであること
これらの要件のすべてが充たされるのでなければ、安楽死としてその行為の違法性までも否定し得るものではないとした。

問題点

要件1.回復不能かどうかの判断はかなりの困難性が伴うし、明日特効薬ができるかもしれない。医学の進歩を鑑みれば、不治の病とされていたものはどんどん減少している。
要件2.見るに忍びない程度といってもそれは第三者の主観であり、一貫性がない。
要件3.苦痛を除去するためになぜ殺す必要があるのか?鎮静剤で意識レベルを落とすことでも苦痛の除去は実現可能である。
要件4.『病者の苦痛がはなはだしく』という要件を付けておきながら、そんなときに果たして正常な意思決定が可能なのか?
要件5.なぜ医師なら殺していいのか?
要件6.倫理的に妥当な方法とはどのようなものなのかが不明である。およそ人を殺す行為はすべて非倫理的である。

名古屋高裁の要件の考察

上記のように反論すると、名古屋高裁の要件で安楽死を患者にするなど不可能。

東海大学安楽死事件(横浜地裁平成7年)

本件は、医師の手で行われた初の安楽死事例です。平成7年に医師免許をもらった私には衝撃的な事件でした。

東海大学の医師が治癒不能な多発性骨髄腫で予後1週間以内の末期状態にあり、意識不明で疼痛刺激に対する応答もなく、いびきのような呼吸をするのみの苦しそうな様子を見た長男から、すぐに息を引き取らせるようにしてほしいと強く要請されて、すべての治療行為を中止したうえで、呼吸抑制の副作用のある鎮静剤および抗精神病薬を注射するも、その後も苦しそうな呼吸をしていることから再度長男から、楽にしてやってほしい、はやく家に連れて帰りたい、と言われて心停止する作用がある塩化カリウムを注射して死亡させた。

安楽死の要件として名古屋高裁の要件を変更

1.患者にたえがたい激しい肉体的苦痛が存在する事
2.患者の死が避けられず、かつ死期が迫っていること
3.患者の意思表示が存在する事
4.安楽死の方法としては間接的安楽死と積極的安楽死が許されるが、積極的安楽死の場合は、医師により苦痛の除去・緩和のため容認される医療上の他の手段が尽くされ、他に代替手段がないとき

問題点

要件2.死期の切迫性の程度については安楽死の方法との関係である程度相対的なもの、とされている。どういう方法ならどれくらいの死期の切迫性で認めれられるのかが全く分からない。

要件3.患者の意思表示が明示のものである必要があるのか、推定的意思によるもの(例えば妻が今までの夫の生きざまから推測するとか)でよいのかに関して安楽死の方法との関連で異なってくるとされていて、この点も、どういう方法の安楽死なら明示が必要、という明確な判示がないと、同意を裁判で覆されるということが容易に想定されるので、非常に危険である。

要件4.
間接的安楽死:状態の悪い患者に呼吸抑制のある薬を投与して呼吸停止し死に至らしめた場合など、主目的が苦痛の除去・緩和である医療行為の範囲内の行為と見做しえることと、たとえ生命の短縮の危険があったとしても苦痛の除去を選択するという患者の自己決定権を根拠に許容される。
積極的安楽死:苦痛から解放するために直接生命をを絶つことを目的とするため、苦痛除去のための医療手段が尽くされ、他に代替手段がないときに許容されて、緊急避難の法理と患者の自己決定権がその根拠となる。

現代医療では麻薬、鎮静剤の種類も豊富で身体の苦痛を緩和することは可能なので、『医療手段が尽くされ、ほかに代替手段がない』ことを証明するのは困難である。
安楽死の前提となる苦痛の除去が不可能であると認定できる場面が想定できないことから、新たな要件を導き出したことについては評価できるが、かといって安楽死概念は不要であると言える判決である。

川崎協同病院事件

1998年。気管支喘息の重積発作に伴う低酸素性脳損傷で意識不明となった患者から、家族からの要請で主治医が気管内チューブを抜去(人工呼吸器離脱)。その後、鎮静剤を投与しても患者の苦しそうな呼吸を鎮められなかったため、准看護師に指示して筋弛緩剤を注入させた後、患者は死亡。病院は2002 年 4 月に会見を開いて事案を公
表。同年12月、主治医が逮捕、殺人罪で起訴された。起訴事実は、気管内チューブを抜去した「治療の差し控え」とその後筋弛緩剤を投与した「積極的安楽死」行為の2点。

両方の争点ともに安楽死とは認められず殺人罪が成立。

ご本人は 無罪だ と今でも主張しておりますが、無罪たりえないことは今までの要件をクリアしているかどうかを検討すると明らかでしょう。

これまでの知識をもとにALS患者のニュースを見てみよう

本件は 安楽死 たりえるのか?!

1.SNSで知り合った医師たちである
2.東京在住、宮城県在住で京都の患者の主治医たりえない
3.主治医として患者を診ていなければ死期が迫っているという判断もつかない
4.精神的苦痛は安楽死の要件に入っていない

ということがニュースからうかがえ、とてもじゃないが安楽死として考えるレベルの話ではないな、ということとなりますよね。

刑法202条に嘱託殺人罪が規定されていて、殺してくれと言われて殺すのも罪です。

有名かもしれない作家の戯言

嘱託殺人容疑で医師2人逮捕 → 百田尚樹氏「医師はむしろ尊敬に値する」「この2人の医師の減刑を求む」

治癒する可能性がなく、いずれ死に至ることが確実で、苦痛と絶望に苛まれて生きる人が、死を望んでも責められないし、その気持ちを受け入れた医師はむしろ尊敬に値する。

患者の苦悩を考慮せず、ただ機械的に延命処置をする医者よりも、はるかに人間的である。

いやー。百田さんには法律がどうなっているのかとか
世の中がどうなっているのかとか全く関係ないんですね(笑)

医師の皆さん。
まさかとは思いますが、有名作家がこんなこと言ってるからとのってしまって
次々と殺人犯にならないように注意しましょうね!

医師のみなさんへ

長い闘病生活の中には、殺してくれと患者さんから言われることもあります。
わたしはがん専門医なので特にありました。

しかし。
感情に流されて理性を失っては、あなたが将来診療すべき多くの患者さんを診療することもできなくなり
あなたが可能な社会貢献はそこで止まってしまいます。

本件は、わたしが今の情報で検討した限り、同意殺人になることは免れず、川崎協同事件の被告はまだ主治医でしたが、本件は主治医ですらなく、川崎協同はたしか医道審議会では3年の医業停止だったと思いますが、これはそれ以上になるかなという感触がわたしにはあります。

それ以上はもう、はく奪しかありません。

SNSで知り合ってどういう経緯でこうなったのかとか、そういうことは全然どうでもよくて

医師の皆さん。

わたしのブログを読んで、何かあったときには、上記の安楽死の要件をみたしていて、起訴されても無罪を勝ち取れるのかを冷静に検討してください。

そしたら、こんなことする人はいなくなると思います。

わたしは、同業者として非常に悲しい気持ちです。

プロフィール

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、日本内科学会内科専門医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医 (がん薬物療法専門医認定者名簿)、日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医(臨床遺伝専門医名簿:東京都)として従事し、患者様の心に寄り添った診療を心がけています。

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