第1子が筋ジストロフィーでした。第2子を妊娠したのですが産んでも大丈夫でしょうか?

全国から寄せられる相談 出生前診断 遺伝子検査

遺伝子と人体

みなさま。こんばんわ。

ミネルバクリニックは、遺伝診療として 地域で診療する 一時診療の全国に例を見ないクリニックです。
ですので、本当に重たい悩みを持った方々がご連絡をくださいます。

そういうご相談をご本人たちの個人情報を抜いて皆さんにお伝えします。
遺伝診療ってどんなことやってるのか、臨床遺伝専門医がどんな役割を果たしているのかがわからない人たちが殆どと思うからです。

ある日、電話を頂きました。

「第1子が筋ジストロフィーです(珍しい常染色体劣性型の疾患です)。かかっている病院で遺伝子検査をしたらしいのですが、よくわからない説明でした。劣性疾患なはずなのに、一つしか異常がなかったっていうのです。2人目を妊娠したらどうなるのかとかいう話も全然なかったので、何が何だか全然わかりませんが、不安でいっぱいなので行ってもいいですか?」

大変驚いて、予約を取りました。
発症した人の遺伝子検査もしたいと思ったので、お子さんを連れてきてほしいとお願いしました。

常染色体劣性遺伝については、遺伝形式のページをご覧ください。

お越しになった日。
お子さんの遺伝子検査については国立精神神経医療研究センターで行っている、というので、そちらから結果を取り寄せることもしつつ、わたしとしてはその結果をうのみにすることもできないので、当院負担でお子さんの遺伝子検査を海外の会社で行うことにしました。
理由は、日本では遺伝子検査などの臨床検査の精度管理をしないといけない、という法律はないのですが、海外にはきちんとあるので、海外でそうした精度管理をちゃんとされているところのほうが信用できる、という考えからです。
もちろん、国立精神神経医療研究センターは厚生労働省直轄の病院です。しかし、日本のみなさんは組織の大きさとかで信用するのですが、わたしは欧州の女子高に行ったりしてて日本人性が欠けているせいか、まったくそんなことで信用しません。
大学病院のひどさも十分見てきたので。

ご両親には、保因者診断を受けていただくことにしました。
ちなみに、お子さんの検査を当院負担で行ったのは理由があります。
NIPTも同時に受けたので、ご負担が多くなりすぎる、と言う判断から、当院の研究費として捻出いたしました。

勤務医ならこういうの、いちいち病院にお伺いを立てないといけないので、許可をもらうやり取りだけで何日もかかりそうですが
開業して一番よかったなと思うのは、こうやって自分の責任と判断で患者さんにベストと思うことを提示できることです。

ご両親にはNIPTと保因者検査を受けていただき。

国立精神神経医療研究センターに正式な手続きを経て、遺伝子検査の結果をミネルバクリニックにもらえるように手続きしました。
きた結果を見て、大変驚きました。

確かに、ご両親の言う通りのことが書いてありました。
この疾患は常染色体劣性なので、該当する遺伝子(A遺伝子と記載)の両方が異常になっていなければ発症しません。
国立精神神経医療研究センターからはすぐに結果はもらえました。

ところが。アメリカの結果を見て目がテンになりました。

お子さんには2つの異常が確かに認められ、国立精神神経医療研究センターの結果では一つは病的と書いていましたが、もう一つの変異は見つからなかった、と言うことです。いかに画像を示しておきます。
国立精神神経医療研究センターの結果

ところが。米国の結果が以下です。

下の段の異常は、36~38番のエクソンが欠けているという大きな異常なのでこれは正常なタンパクが作られないので病的、ということです。
そして、日本の検査結果で「未報告変異」で意義がわからない、とされていたものですが。

(。´・ω・)ん?

( ,,`・ω・´)ンンン?

pathogenic(病的)が二つ並んでいるではないかっ!!!

( ,,`・ω・´)ンンン? ( ,,`・ω・´)ンンン? ( ,,`・ω・´)ンンン? ( ,,`・ω・´)ンンン?

さらに。
遺伝子検査結果日米比較
よく見てみると、国立精神神経医療研究センターが異常と書いてある結果に書かれてあるアミノ酸と米国の結果に書かれてあるアミノ酸がちがーう!
しかも、数字が違う!!

皆さんには何のことかわからないと思いますので。説明します。
日本の結果:c.6703dupT:pAla2234fs(het)
アメリカの結果:c.6703dupT:pAla2235fs(het)

違いますよねっ!!
赤いアンダーラインを引いたところは同じです。これは、遺伝子の読まれる最初の1つ目の塩基から数えて6703番目の塩基がduplicationつまり重複している、という意味です。
そして、次のpはproteinになるとどうなるか、と言うことを表しているのですが、遺伝子は3つの塩基(この単位をコドンといいます)が一つの単位になりアミノ酸がくっつきます。1-3番目の塩基が1つ目のアミノ酸に対応します。1番目のコドンを開始コドンと言いますが、これはどの遺伝子でも必ずメチオニンというアミノ酸と決まっているのです!!面白いでしょ!!

それでは、6703番目は何番目のコドンになるのか??というと
6703÷3=2234あまり1
なので2235番目のコドンとなり。アメリカの勝ち。 とほほ。(´・ω・`)

そしてそしてそしてそしてにゃにゃニャンとっ!!!
日本もアメリカもこの変異に対して fs と書いています。これは フレームシフト(frame shift)変異といって、3つのコドンの途中に塩基が追加されたり途中がなくなってしまうことによりコドンがずれてしまうことを意味しています。そうするとアミノ酸の配列がそれ以降全部変わってしまいますから、意味をなさないものとなります。
ゆえに、フレームシフト変異は未報告とか関係なく、「病的バリアント」と扱わないといけません。
minerva-clinic.or.jp/academic/criteriaforclassifyingpathogenicvariants/
学術的なことに興味のある方は、2015年に変更されたバリアントのガイドラインをごらんください。

フレームシフトを病的と扱う、という原文を抜粋して出しておきます。

ちなみに、この検査はすでにこのガイドラインが出て世界的に変更になった後に行われたものです。

わたしは驚いて国立精神神経センターに電話をかけました。
お偉い先生は 自分は悪くない みたいなことばっか言ってましたのですげー頭に来ました。

大体この検査結果自体を御両親に全然伝えてなかったんですよね。
今回妊娠してから初めて「妊娠したけどどうしたらいいですか」と質問したら、「遺伝子検査やってた」と言われたそうで。めちゃくちゃです。
研究でやったら何でも許されると思うなよって感じですね。

で。頭に来たので2019年の遺伝カウンセリング学会で発表しました。

タイトル:遺伝子検査結果の日米相違と医療安全

【検討】日本ではNGSで塩基配列決定のみ行っており,エクソン単位の大欠失は検出不能である.レポートも日本では意義すら評価されず,患者側にはHGMDを参照して未報告変異で病的意義不明との誤った説明がされていた.
【結語】我が国の研究の問題点は,①MLPAなどの大きな欠失を検出可能な方法を併用していないこと,②アノテーションが誤っていて,変異の意義を結果に記載していない為,臨床場面で誤解を生じ,誤った説明を誘発したことである.
 この研究デザインで正しい結論を導けるのか大変疑問であり,研究デザインをチェックする仕組みを作る必要があるのではないか.また,遺伝子検査は検査を提出すること自体は血液,または絨毛や羊水といった検体を採取する手技があればあとは検査機関に提出するだけなので,簡便であり,だれでも可能であると誤解される.抗腫瘍薬の投与を「だれでもできる」のと同じである.しかし,抗腫瘍薬は投与後の有害事象の管理の悪さで死に至ることもあるのと同様,遺伝子検査においては結果の解釈,すなわち患者へのフィードバックが最も難しいということは臨床遺伝の専門家であればだれもが存じていることだと考える.適切な医療を提供できているかどうかは,その医療機関の規模や専門家が常勤であるかどうかなどといった指標で本当に測れるものなのか,適切な遺伝医療とは一体何なのかということを,オープンに議論する必要がある.

話を元に戻しましょう。
NIPTは問題ありませんでした。

そして。遺伝子検査ですが。
御両親のうち片方しか病的変異がありませんでした。

もう片方の生殖細胞だけが異常を持っていて、普通なら2つそろわないはずなのですが、たまたま正常な親御さんの配偶子ができる段階で新生突然変異が起こり、2つの病的遺伝子があわさってしまったんです。そういう形でお子さんが発症したのですからレア中のレアケース。

すると、再現する確率は限りなくゼロに近づきます。
両方が病的遺伝子を持っていたら1/4なのですが、これが限りなく0に近づく。

これを説明すると、ゼロではないのですが、1/4は高いから産むのをあきらめよう、と思っていたご夫妻が笑顔になりました。
お子さんは無事に産まれてすくすく成長中です。

このお子さんもまた、わたしがいなかったら無事に産まれてないんだな、と思うと本当に感無量です。

それにしても。日本のトップたる医療機関がこのていたらくぶり、というのはわたしにも本当に衝撃的でした。
前だったらこういう発表はさせてもらえなかったかもしれません。
ところが、わたしは以前、学会の恣意的な運用に腹を立て、改善しろと申し入れたので、遺伝カウンセリング学会、人類遺伝学会は規約を改訂し、個人名で通すかどうかを決めないよう査読の時点で個人名は出ないようになってますし、もしも採択拒否した場合はその理由も開示しないといけない決まりに変更しています。
すると、学会の定めに抵触するような発表でない限り、国立精神神経センターがお偉いナショナルセンターだからといって阻むとわたしに訴えられます。(笑)
お転婆なのでなにするかわかりませんからねっ!!
というわけで。いままで文句言って改善してもらってきたので無事に発表できました。

やっぱ日本も組織の大きさや肩書でその人が言っていることややっていることを正しい、と妄信するのではなく、内容を客観的に評価する社会にしないといけないんじゃないかと思います。

いずれにせよ。
お子ちゃまが無事にうまれてすくすく育ってて本当にうれしいです。

遺伝専門医冥利につきますよーーーー。

プロフィール

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、日本内科学会内科専門医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医 (がん薬物療法専門医認定者名簿)、日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医(臨床遺伝専門医名簿:東京都)として従事し、患者様の心に寄り添った診療を心がけています。

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