わたしと彼女が初めてであったとき
彼女の視力はほとんどありませんでした.
暗くぼんやりするなかで,やっと姿が見える程度だったようです.
彼女は固く心を閉ざしていました.
乳がん.多発肺転移,多発脳転移.
どうやってかかわっていったらいいのか,わたしは途方に暮れました.
毎日少しずつ話しかけては,疲れるので話しかけるなと言われてしまいました.
そして彼女は失明しました.
数日後,病棟に行ったら,彼女は錯乱していたのです.
殺して.
わたしを殺して.
そう大きな声を出していた.
一体どうしたことか?何があったのか?
わたしはてっきり失明のショックで殺してくれと言っているのだと思っていました.
ナースに聞くと,主治医から,転院するように言われて,興奮状態にあるとのことでした.
一体どういうことなのでしょうか????
失明したばかりの患者の環境を変えるってどういう了見でしょうか??????????
わたしは大変驚きました.
でも.わたしは主治医ではありません.診療科も違います.
しかも,いつも近寄っては迷惑がられていました.
しばらく彼女の近くで観察していました.
そして,スタッフに出ていくように手振りで指示してから,おもむろに話しかけました.
どうしましたか?
: 出ていってくれと言われたんです.真っ暗で何も見えないのに,出て行けって言われたんです.
そう聞いています.
嫌なんですよね?
: はい.知らないところに行きたくありません.
判りました.何とかしますので,少し待っていてください.
在院日数を短縮しろ,と経営者から言われるので,在院日数の伸びる患者は出そうとする.その論理は判ります.
でも.失明したばかりの患者に向かって,しかも,余命が長くないと推測される状況で
どうして転院ささねばならないのでしょうか?
経営が患者に優先する??????
そんな病院に,がんを診療する資格なんてないですよね.
わたしは主治医と話をしました.
そもそも,あなたはブログに優しそうで美しいことを書き連ねているが,実臨床で,患者さんにこんな思いをさせていいのですか?
失明したばかりの患者に向かって,在院日数という数字の為に,転院しろというのが診療態度なら,ブログにもそう書くべきだし
いいことばっかり言って,見えないところでこういうことするの???
とかとかとかとか.
いろんなことを言ってましたよ.
自分たちが順番に行くからさみしい思いなんてさせないとか.
順番にいって何の解決になるのでしょうか??
患者さんは誰にも心を開いていませんでした.
強いて言えば,ブログで見たあなたに信頼を寄せていた.
でも,今この状態で出ていけと言われてそれもなくなっている.
なのに入れ替わり立ち代り毎日医師が顔さえ見せれば,患者さんが幸せだとでも言うのでしょうか??
そしてわたしは,その患者を自分の患者として診療することにしました.
それにしても,なんてブラックなのでしょうか??
この病院は.
言っていることとやっていることが全く違います.
大抵の病院は患者のための医療をうたっていて,この病院も例外ではありません.
わたしは,彼女をわたしの診療科で最期まで診療すると宣言しました.
彼女はようやく,落ち着きを取り戻しました.
以下,彼女の話してくれた内容です.
仲田先生は,がんの先生だってきいたけど,
先生みたいな御嬢さんに何言っても判らないっておもってた.
先生と出会ったとき,暗かったけど,少しだけ見えていたから.
だから,すごく若いんだと思っちゃって. (見かけほど若くありませんと返答しました)
わたしね,小さいときに両親が死んでしまって,お姉ちゃんが育ててくれた.
でも,お姉ちゃんが結婚して,子供が出来て一人になった.
仕事には行けるけど,引きこもってしまった.
彼氏が出来たことも,デートをしたことも,一度もないの.
乳癌かなっては,ずっと前から思ってた.
どんどんはれていって...
絶対がんだと言われるのが怖かったので,病院に行けなかったのね.
いろんな人のブログを見て.
優しそうなことを書いてあるT先生のブログを見て,メールでやり取りしたの.
初めて病院に行った日は,わたしがそのまま帰ってしまったらいけないからって,玄関まで迎えに来てくれた.
それから,ずっとT先生に診てもらってた.
だから,仲田先生に何が出来るのよ?こんな御嬢さんに,って思っちゃって
先生を無視したり,酷いこと言ったりしてごめんね.
スタバのフラペチーノが食べたいけど,お姉ちゃん,来てくれないから
食べられないの...
目も見えないから自分で買いにも行けないし.食べたいな...フラペチーノ.
お姉ちゃんと大ゲンカしちゃってね..
お姉ちゃんが自分の家のことで忙しいのも判るけど.
たった二人の姉妹じゃないって思ったりして.
なんでもっと来てくれないのよ?とか.思ってしまったりして..
喧嘩しちゃったのね...
世の中って不公平よね..
先生,わたしは,彼氏が出来ることも一度もなく,結婚もせず
もうすぐ死ぬんだよね?
一体何のために生まれてきたの?
おしえて????
わたしは,言葉を失いました.
とりあえず,わたしにできることは,スタバのフラペチーノを買いに行くことです.
でも...医師と言うのは公平であることが最も大切だと私は思っています.
個人的に一人の患者さんのために,やっていいのか?とか迷いましたが.
いく事にしました.
だって,わたししかいなかったら,わたしがしないといけませんよね?
スタバがどこにあるかもわからない,不慣れな土地で,わたしはスタバの場所を聞き,迷いながらたどりついて,フラペチーノ,と注文したら,種類は?と聞かれて,
驚かそうと思って,何の種類か聞いてこなかったけど,無難そうなものを選びました.
そして,病棟に持って行って,看護師に渡しました.
これを彼女に渡してください,そういって.
どうして自分で渡さなかったのかと言うと,彼女と看護師たちの関係性も宜しくなかったからです.
心を閉ざしていたから.
目が見えないから,食事がきても,何を運ばれてきたのかも判らない,何を食べているかわからない,何も食べたくない,食べさせてもらうのも嫌,彼女はいろんなことを言って,
そういうがん患者になれていないナースたちと関係性を作れずにいました.
だから,わたしは,折角わたしと普通に話をしてくれるようになったのだから
この関係性を他の人たちと広げてもらいたいって思ったんです.
だから,ナースに持って行ってもらいました.
とても喜んでいました.もちろん,失明した彼女には見えていなかったけど,
わたしは,実際はその場に居ましたよ.遠巻きに.
おいしそうに食べていました.
そして,わたしは自分の患者となった彼女のカルテを,過去カルテも含めて全部見た.
彼女を知るためです.
しかし.
そこにあったのは,驚愕する事実でした......
彼女には,最初から,腋窩リンパ節転移(CT画像からあきらかです.それもおおきかったです),縦隔リンパ節転移,肺転移があったのです.
しかし.彼女になされた術式は.......
めまいがすることに
①乳房切除
②センチネルリンパ節生検
③傍胸骨リンパ節郭清
①は,局所コントロールのため,といって,体表臓器だから出血したりということを防ぐために行うことがありますが,生命予後を延長しない為,患者さんとのお話が必要です.
②ありえないんですけど????
センチネルリンパ節というのは,そのがんから一番さきに流入するリンパ節のことをいいます.
ここに迅速検査でがんがあれば,腋窩リンパ節郭清をすることになるのですが...
まてよ???
ちょっとまってよ????
どうしてよ???
画像上あきらかな腋窩リンパ節腫脹があるのに,どうしてもとりたかったら普通に取ればいいじゃないか??????
しかし.そもそも,腋窩リンパ節が明らかに腫大している場合,
生命予後に影響がないので郭清はしない,と言うことになっています.ガイドラインもとっくにそうなっています.
あとでちゃんとした乳腺専門医にきいたら,「お金..センチネルリンパ節生検だけでも迅速で20万だからね...一番高い術式をやったんだね....」と解説してくれました.
2000年代になり,生命予後を悪くするのでやらない,ということになっているものですが...
なにゆえ2010年代の日本でこのような医療が?????
保険診療では,ここまでやると一番高い点数(診療報酬)をもらえるんです.
ちなみに.
保険点数について解説しましょう. 1点は10円です.
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K476 乳腺悪性腫瘍手術
1 単純乳房切除術(乳腺全摘術) 14,820点
2 乳房部分切除術(腋窩部郭清を伴わないもの) 28,210点
3 乳房切除術(腋窩部郭清を伴わないもの) 22,520点
4 乳房部分切除術(腋窩部郭清を伴うもの(内視鏡下によるものを含む。)) 42,350点
5 乳房切除術(腋窩鎖骨下部郭清を伴うもの)・胸筋切除を併施しないもの 42,350点
6 乳房切除術(腋窩鎖骨下部郭清を伴うもの)・胸筋切除を併施するもの 42,350点
7 拡大乳房切除術(胸骨旁、鎖骨上、下窩など郭清を併施するもの) 52,820点
▲詳細を閉じる▲ ●通知 (1) 乳腺悪性腫瘍手術において、両側の腋窩リンパ節郭清術を併せて行った場合は、「7」により算定する。
N003 術中迅速病理組織標本作製(1手術につき) 1,990点
お分かりいただけましたか?
本来,この彼女にする術式は,やるにしても乳房切除術なので.14820点だけです.
なのに.必要ない拡大手術をして,必要ない術中迅速病理診断をやって,本人の身体と精神と国家と本人のお財布にどれだけダメージ与えたかっていうことですよね???
いやー..参りました.まるで怪談です...
やさしい医師,手術してくれる医師,治療してくれる医師,言うことをきいてくれる医師が
本当にいい医師でしょうか????
患者さんは,最後に
その医師の正体を見破って,大変ショックを受けていました....
見破ったのは,わたしがこの手術のことをお伝えしたからではありません.
わたしは,失明したのに,出ていけと言われて傷ついた彼女に,最初からやることにどれだけ意味があったのか全く分からない,拡大乳房切除術とセンチネルリンパ節生検が行われたなんて伝えていいのかどうかとても悩みました...
結局,わたしは,言えなかった........
彼女が親切そうに見えた医師の正体を見破ったのは,単純に失明したときに転院しろと言ったからです.
失明した彼女の1年前の手術が,必要のない拡大手術であったことについて
わたしは,驚いて,執刀医に質問しました.
乳がん学会のガイドラインも見せました.
傍胸骨リンパ節郭清は,やらない,とガイドラインに書いてあるとおり,侵襲性が高く,
生命予後をむしろ悪くするため,行わないものである.
どうしてこんな手術を,しかも,ブログを見て,あなたをやさしい医師だと思ってきてくれた彼女に対して
出来るんですか?
そもそも,玄関まで迎えに行って何になる?
何にもならないとは言わないけど.
そこで彼女が怖くて帰りたい,とならなかったまでは良かった.
でも.
治療の時点で,有害ですらある術式を,何の説明もせずに平然とおこなえる感性がわたしにはわかりません.
それって患者を裏切ることではないの?
それに対して彼はこういいました.
自分は消化器外科専門医だから,乳腺の研修は受けていなくて,判らないことがいっぱいである.
だけど,僕たちも一生懸命がんばってるんですよ.
仕事終わっても,ブログに対する問い合わせメールに一生懸命返信しています.
わたしはあきれました.
そしてこういいました.
ブログを更新したり,メールに返信する時間に,ガイドラインに書いてあることくらい頭に入れられるようにお勉強してから,やったらどうか?
彼は,は???ブログのほうが大事ですよ,たくさんの人たちが見てくれてるんだから,と言い切りました.
わたしは,外科部長と話し合いをしました.
しかし.こちらもびっくりする返答内容でした.
僕たちも心配でたまらないんですよね.僕たちには乳腺のことはわかりませんから.
彼に任せて本当に大丈夫か,判らないんですよね.
大丈夫か判らないのに,手術するなんて,おかしいと思いませんか?
絶望的だ...わたしは,そうとしか思いませんでした.
これは,本当に大変だ....
せめて,彼女の最期にしっかりと寄り添おう.そう思いました.
彼女は,乳がんの脳転移で目が見えません.
耳もだんだん聞こえなくなりつつありました.
でも.自分で食べるといって聞かなかった.
人から食べさせてもらいたくない,という気持ちが強かったのです.
わたしは,毎食時に彼女のところに行きました.
そして,わたしが彼女の口まで運んで,食べさてもらいました.
目が見えない人に,食べてもらうのがどれほど大変か,実感しました.
何の料理,なんの果物,と説明して,ちょうどいい量を口に運ぶ.
おいしい~,って言ってくれたときは,とってもうれしかった.
そうやって,わたしがお口に運んでご飯を食べてもらう,を1週間くらい致しました.
それから,だんだんとナースに交代しました.
人とちゃんと関わってほしかったからです.
みんな,あなたのこと大切に思ってるんですよ,あなたは大切な人,ということを知ってもらいたかったんです.
毎日,彼女に,彼女がどんなに大切な人か,話し続けました.
それは,パパ(シモンズ・レオナルド神父様)が,ずっと私にしてくれたことです.
彼女はだんだんと,その日の担当ナースと打ち解けるようになり,わたしが彼女に張り付く時間も
だんだん減っていきました.
ある日,ナースステーションで仕事していたら,彼女が車椅子に座って,来たんです.
彼女はこういいました.
仲田先生がなかなかきてくれなかったから,看護師さんに頼んで実力行使しちゃった!
わたしは,涙が出そうになりました.
だって,彼女は目がみえなくて,耳も聞こえにくいから,少しからだの向きを変えるにも
本当に怖がって,時間がかかっていました.
ちょっと頭の向きを変えるだけでですよ??
ベッド起こしたり,食事したりなんて,もう,それまでに体位を変えるのに怖くて時間がすごくかかるし
途中でやめてしまうこともありました.
なのに.早く私に会いたいからって,起き上がって,立ち上がって,車椅子に乗ったんです.
ナースの介助とはいえ...
どんなに怖かったでしょうか?
あの時ほど,感動したことはありません.
それから,ほんのしばらくでしたが,わたしと彼女は,穏やかで温かい時間を過ごせました.
喧嘩したお姉さんも来てくれて.
姉妹も仲直りして.
うれしかったです.本当に.
彼女は,眠るように亡くなりました.
とても穏やかな,眠っているとしか思えないお顔でした.
お姉さんにお願いして,一枚,彼女のハンカチをもらいました.
そのハンカチは,その夜私の涙をたくさん吸い込んでくれました.
今でもとても大切にしています.
そのハンカチ.
何のためにうまれてきたんですか?わたしは.教えてください.
あなたは私にそういった.
その質問に答えられるだけの哲学を,わたしは今でも持ち合わせていません.
でも,あなたはわたしに,こうも言ってくれました.なくなる数日前.
何もかも人生うまくいかなくて,彼氏も人生で一度もできず,その上,こんな若くて乳がんになって
死なないといけなくて,どうしてわたしだけ,こうなのよって思ったこともあったけど.
仲田先生に会えたから,いいことあった.
穏やかな笑顔で話をしてくれたね.
わたしはあなたを忘れない.
さよならは悲しい響きだけど君とならば愛の言葉
ミスチルのこの曲が,私は大好きです.
www.youtube.com/watch?v=RUY6Yfxg9OQ
わたしはあなたを忘れない.
だから,わたしは生きていく.
今日と言う一日を生きているということが
人と人が出会うということが
人が生まれるということが
どんなに奇跡的で神に愛されているということなのかを
わたしに教えてくれたたくさんの人々とともに.
シモンズ・レオナルド神父の言葉を添えておきます.
死は恐れるものではありません.
死は神に抱かれるということなのです.
大切なのは,死ぬまで一日一日を生かされているということに感謝して
大切に生きる言うことなのです.
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